Dr. Yoshihiro Kishigami

「友人の脊髄損傷から始まった」

 J-ARM(以下J):岸上先生は獣医界の中で先陣を切って再生治療を推し進められてきた獣医再生医療の草分け的存在ですが、今日は先生の経歴なども辿りながら再生治療に対する想いの確信に迫っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

岸上先生(以下岸上):よろしくお願いします。

J:まずは先生のご経歴ですが、先生は麻布大学をご卒業後、カリフォルニア大学のデイビス校で神経外科研究室に2年間いらっしゃいました。そこで何か再生医療のようなことを意識されてご研究をされていましたか?

岸上:当時はまだそういうことは意識していなかったです。神経外科ということでイヌを用いて脊髄損傷モデルを作っていました。脊髄神経伝達の実験の一環で、脊髄のどこにどういう風にオモリを落とすと、電気生理学的に麻痺の進行がどうなるかとか、そういうことを研究していましたね。その後帰国して数年研修を積んだ後に、大阪で臨床。そして京都大学の再生医科学研究所に行きました。ここで再生医療に出会ったわけです。

きっかけは僕の後輩がバイク事故を起こして、頚髄を損傷して手足が麻痺してしまったことです。寝たきりになって、ベッドの上で口に箸をくわえてパソコンを打っている状況で。その凄惨な光景を見て、これは大変だと。脊髄再生させなあかん、と。そういうこともあって、人医療の方の神経学会に参加しました。その後の懇親会に出て、脊髄の再生をやっているところはありませんかと聞いて回りました。ほとんどやっているところがなかったのですが、1つだけ研究をやっていこうかというところがあって、それが京都大だったのです。

その時は何も知らなかったのですが、恐れ多くも京大再生研で大御所と言われているような清水慶彦先生や中村達雄先生に僕が持っていたアイディアをぶつけたんですね。あとで振り返ったら震え上がるようなことですけれど(笑)。犬の尻尾の神経を切ってそれを患部に移植できないかと尋ねたんです。そしたら先生に鼻で笑われた。「岸上くん、少なくとも生まれてすぐならまだしも、大人では新鮮な脊髄をスパッと切って合わせておいても繋がらないんだよ。脊髄はそれほどまでに難しい」と。それでガクッときた。でも研究したいんですと言って入らせてもらった感じです。京都大には7年くらい居ました。その間、脊損のモデル作りと治療法の開発をしていました。今ではイヌを使った実験は中々できないですけどね。

J:京都大学の研究環境では獣医師は先生お一人だけだったのですか。

岸上:そうでした。最初は執刀して動物を扱えるので便利屋みたいなものだったんですけど、自分で色々アイディアを出しているうちに清水・中村両先生には中々こいつは面白い奴じゃないかと認めて頂きました。在籍中に整形部門で人工臓器学会のグラント賞をもらったりしたんですが、だんだんと周囲を認めさせていきました。

最終的に京都大を辞めたのはヒト医療の現場では、折角研究しても厚生労働省の許可が何も降りず、何もできないじゃないかということとが分かったからです。やりたい実験があったんですが、ヒトの医療では実際の臨床においてそんなの許されるわけがないという風潮があって、実験に成功してデータを出したとしても、ヒトの医療では認められないというジレンマがありました。その当時は今と違って、幹細胞を治療で使うことがほとんど認められていなかった時代ですしね。実現するのは無理でしょう、という人ばっかりで面白くなかった。それならば獣医療分野で、つまり自分の病院でやったほうが研究が進むと思って、病院での研究に専念しました。

J:その時先生は骨髄幹細胞の培養のノウハウは持っておられたんですね。

岸上:そうです。最初は自分の病院の一室に小さなクリーンベンチを買ってこつこつ培養をやっていました。ある時コンタミ(コンタミネーション:培養液に細菌汚染を起こしてしまうこと)を起こして行き詰まりを覚えた。その時に、岡田先生(現J-ARM代表取締役社長)と組織工学会で出会いました。そこから免疫細胞療法も始めていく形になりましたね。

 

「再発を抑えている手応えはある。が、症例数は必要」

J:免疫細胞療法のお話が出ましたが、先生の病院での活性化リンパ球療法の手応えはいかがですか。

岸上:全体的にQOLに対する反応は良くて、満足していますが、どんな種類のガンに反応がいいとかまではまだ何とも言えないですね。効き目を客観的な事象、たとえば数字などで表せないので、まだまだ症例数が必要です。進行度に関して言うと、末期やステージが進んだ、ぼこぼこに大きくなってしまっている症例は、どうしようもないという気はします。でも再発転移は確かに防いでいるという実感、手応えは強く感じます。ただ臨床でやっている限り、それを数字で出すのはなかなか難しいところです。がん治療する際のスタンスとしては、まず外科切除ありき、でその後に補助療法的に活性化リンパ球療法を使っているという感じです。

1つ印象的な症例のエピソードですけど、肝臓に多くのがんが出来た犬がいたんです。来院されたときは脊髄まで転移していて、そのために後ろ足がよたよたになって歩けなくなっていたんですね。実際、腫瘍の浸潤が脊髄・脊椎まで進んでいて、肝臓も同時に転移でボコボコになっていて、これはもう手術の適応ではありません、ということで活性化リンパ球療法を提案しました。3、4回投与をやらせてもらってその後に御家族がぱたっと来なくなった。ダメだったかー、と思っていたら、1年後にふらっと、その子が来院されたんです。元気でしかも歩いていました。驚きました。「も~~、言ってくださいよー」という感じですね(笑)。CTをとらせてくださいと頼んだのですがもうここまで回復すれば十分ですと言われてしまって(笑)。生きていることが不思議なんですけど、元気に立って歩いていましたからね。私の経験上、あそこまで転移していて、骨まで達するということは腫瘍細胞が血中に流れて噴水状態ですからね。

J:最近では、化学療法をはじめとして様々な治療との組み合わせで免疫細胞療法を活用される先生もいらっしゃいます。先生は抗がん剤との併用はされたりするのでしょうか。

岸上:基本的に抗がん剤は使わないですね。リンパ腫の場合は仕方なく使う時もありますが、使うとしても総じて100のうち99は使わないですね。人の医師にアンケートが取られたそうです。「ご自分が、がんになってしまったときに、抗がん剤を使いますか?」というもの。9割の人医が、自分には抗がん剤は使いたくないと答えています。

細胞免疫療法に関しては、効いたという客観的指標が無いため、効いているのかいないのかよくわからないというのは困りもんだと思います。ただ再発は抑えている手応えはある。こんな話を声高にすると、やらなくても再発しなかったんではないですかというのは必ず言われるので、あまり言わないようにしているんですけれども。

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