「境界線上の腫瘍に対しても安全に使える」
J:臨床家のお立場から言うと、やはりそういったコンテンツを治療法として持つのと持たないのとでは、大きく違うものなのでしょうか。
牛草:これは個人によって違うと思います。ぼく個人としては少なくとも、実際に治療を行う者として自分が行う治療の背景について、滞りなく飼い主さまに説明をしたいと考えています。実際はですね。。。。モゴモゴモゴ、というのをあまり言いたくない。再生医療はもちろんまだまだモゴモゴモゴなんだけど(笑)、それは効果のところであって、理論は非常にしっかりしている。安全性も高くなっています。そこはきっちり説明できるところなんですね。
そういった点から免疫細胞治療が、今までの治療に加えて、もう一つのオプションになると考えました。再生医療はまだまだ不透明です。でも一部分であっても効果はあるのではないか、という理論はしっかり積み上げていくもの。いずれそういったものを自分自身が使って治療できることは非常に大きいと思います。
また、免疫細胞治療は、診断が難しい良性と悪性の境界線上の腫瘍に対して安全に使える治療だというのもあります。微妙なラインで使えるというのは大きなメリットの一つです。
J:境界線上の腫瘍に対する治療について、もう少し具体的にご説明頂けますでしょうか?
牛草:これはですね、例えばがんと診断された犬猫に抗がん剤を投与して、それが後になって剖検などによって誤診だとわかった。つまり悪性でなかった、もしくはがんがそもそも形成されていなかったとしたらどうでしょうか。今は診断の感度があがり、境界線の曖昧な腫瘍が沢山出てきています。そういう症例に毒性の強い薬剤である抗がん剤を投するというのは患者にとっても、もちろん我々治療者にとってもとても恐ろしい。でも、現在の状況では、これは実際に起こりうるリスクです。
診断の感度があがってくる、つまり病気の非常に初期の段階を見つけようとするとそのようなことはたくさん起ってくると思っています。実際に我々も腸管の悪性腫瘍だと診断されて免疫細胞治療を行い、3年以上症状もなく生存したネコが腎不全でなくなった時に剖検を行ってみると腫瘍が見つからなかったということがあります。診断の問題なのか、治療が功を奏していたのかはわかりませんが。。。いずれにしろそれが免疫細胞治療がいい理由ということにはならないのですけど、免疫細胞療法は、そういう状況下で適用しても、マイルドで一歩引いた代替療法であると言えると思います。このような治療する側が3大治療を適応するべきか迷う症例において、飼い主様にもう一つ治療のオプションを提供する意味はすごく大きいと思います。
「活性化リンパ球療法は免疫細胞療法の基礎」
J:先生ご自身の免疫細胞療法のご感触について教えていただけますでしょうか。
牛草:術後に補助的に行う免疫細胞治療では、活性化リンパ球療法はとてもいい感触を得ています。難しいのは実際に目に見える腫瘍は手術で切除済みなので、簡単にデータを積み上げにくいことですね。ただ臨床的現場では抗がん剤は使いたくないけど、術後再発を予防するために最大限のことをやってあげたいという時には、現存する治療の中では一番いいアイテムではないかと思います。より良くと考えるならば術前に採血を行い培養を開始すれば、手術後の比較的早い時期に投与して、手術自体で弱っている免疫力を上げる効果も期待できます。また残っている微小で最も活性の上がった時期に腫瘍細胞を叩く効果も期待できます。免疫細胞を用いた治療は局所だけではなく全身的な効果が期待できる治療であるということも、我々の目的にフィットしますよね。ただ、全身の免疫力を上げるだけじゃ難しいと思っているところもあります。やはり、最近は固形がんに対しては特異的にがんを叩く、樹状細胞療法の併用が主流になっていくと考えています。
J:このインタビューをお読みの先生方はこれから免疫細胞治療をとりいれようと考えられている先生方、あるいは実際どうなんだろうと懐疑的な目でみられている先生方もおられると思います。牛草先生が主にがん治療において活性化リンパ球療法をある程度の症例数をこなされてきて、俯瞰的に何かお感じになられていることをお聞かせいただきますか。
牛草:そうですね。正直なところ、今の段階で活性化リンパ球療法をはじめとする免疫細胞治療は発展途上であって、大きな腫瘍の塊が消える魔法のような完璧な治療とは思っていません。まだ、これ!という手応えを感じていません。今の段階ではあくまでも補助的なものであると思います。ただ、これが基本となって、樹状細胞療法や、DNAワクチンなどを組み合わせれば、可能性、将来性も無限に広がると思います。
活性化リンパ球療法の問題は、Tリンパ球というがんを叩く兵隊をいくら増やしても、既に追いつかないほどに敵である腫瘍細胞が増えてしまっている状態であることが多いこと。それに加えて更に悪いことに、腫瘍細胞表面では、抗原も隠してしまっているものもある中で、果たして全ての腫瘍に対応できるのかと思っています。そういった腫瘍にはTリンパ球だけを投与しても効果が少ないと考えています。そのような流れの中で今興味を持っているのが、がん抗原をコードした遺伝子をベクター(DNAの担体)に乗せ、それを樹状細胞に打ち込んで樹状細胞の表面上に提示させることで人工的に抗原提示を行わせる樹状細胞療法、あるいは抗原を隠してしまっている腫瘍細胞にMHC(主要組織適合抗原) ClassI分子など発現させて、免疫系の細胞に認識させてやる治療法、などです。そういうがん治療がうまく行けばこれは私の考える最高の治療になると思います。実際にアメリカで悪性メラノーマに対してのDNAワクチンがすでに発売されています。そういうものを組み合わせると何かもう少し新しい治療法が見いだせると思います。
ヒト医療では活性化リンパ球療法があったからこそ、現在様々な免疫細胞を用いた治療法が作られてきました。我々獣医療でも、まずは臨床応用する獣医師がその分子メカニズムの背景を理解して、その上で活性化リンパ球療法の臨床データの蓄積が必須で、これをきっちりと論理建てて進めていかないと次のステップには進めないと思います。免疫細胞療法は活性化リンパ球療法が基礎ですから、それを飛び越えて他の治療法にいくと、獣医領域の免疫細胞療法はあらぬ方向に行ってしまうと思います。