牛草貴博先生
「ブレイクスルーには疫学データが必要」

J:そういった効果も含めて説明が難しいこの治療を、飼い主様へどのようにご説明されていますか

牛草:ぼくは新しいものはあまり飼い主さまにおすすめすることはありません。夢の様な治療ではないことをはっきりお話し、効くこともあればそうでないこともあるというのは、これでもかというぐらいきっちり話します。

話は少し変わりますが、僕は減感作療法をずっとやっています。簡単に言うとアレルギーの原因となっている抗原を少しずつ量を増やしながら皮下注射し、そのアレルゲンに体を慣れさせるといった治療です。しかし減感作療法は疫学的なデータで成りたっている治療であり、確立した論理があるというわけではありません。いろんな理論は言われているけど証明はできないし、作用機序を背景としたエビデンスがあるというわけでもありません。だけどWHOが「アレルギーの自然治癒を促す唯一の治療法」と規定されているんです。

免疫細胞治療も減感作療法と同様に、背景があまりにも複雑で証明するのが難しいとおもいます。証明しようとする姿勢は大事だし、もちろん証明したいわけだけど、証明しないと使えないというわけではない。飼い主さまにとっては、治療の理論が証明されていないと使いたくないか、使わないかというと、そういうわけでもないと感じています。そのような飼い主様の協力のもとでですが、臨床をやる中で批判を受けるべきところは受けて、そこを改善していき更に理論を組み立てていくことが必要だと思います。ゴールデンスタンダードと言われている治療法だって、メカニズムとしての理論は成り立っているけれど、必ずしも十分なその理論を証明するデータがあるとは限らないですよね。臨床医としては少しずつでも理論を構築していく努力をしなくてはいけないけど、全部解明しないと使ってはいけないかというところはそうではない。こんなことを思いながら、飼い主さまへご説明をしています。

J:今後、J-ARMに期待することを教えてください。

牛草:学術的なバックアップがもう少し欲しいですね。例えば細胞のフローサイトメトリーなどは本当のところ一回一回かけたいですけど今病院負担でそれを行っているので病院は免疫細胞治療をやればやるほど忙しくなる上に赤字になります。そういう技術的な部分でのバックアップが経済的にも肉体的にも必要だと思います。また臨床医だけでディスカッションしていくのは特に免疫は限界があると思います。こちらは症例を沢山与えることはできるけど、学術的なことはJ-ARMさんのバックアップを期待したいです。

また、現在獣医療界で策定しようとしているガイドラインに関して、これにのっといている限りは我々は安全だというものが欲しい。まずは、獣医師として統一されたベースとなるガイドラインが順調に作られ実行されていくことをせつに望んでいます。結局、減感作療法がそうであるように免疫細胞療法がブレイクスルーするのは疫学データしかない。ガイドラインを作りこめばデータの基準も揃うと思うので、学会がそれをまとめていくようなしくみが必要になるかと思います。基準をきっちり揃えていけば、理論の証明が難しい状況にあっても誰も文句を言えなくなると思います。

関内どうぶつクリニック

J:細胞治療を進めていくにあたって今後の展望を教えて頂けますでしょうか。

牛草:僕たち臨床家は、飛行機を開発したりつくったりする人でなくてパイロットの立場。着々と疫学的データを積み上げていって、データの数とクオリティーを上げていく素地をつくることですよね。そのデータを積み上げていっているうちに誰かが認めてくれるようになっているかもしれないし、そうでなくなっているかもしれない。そこは市場や、治療の結果が証明し、判断してくれると思います。そこで確かなものをきちんと見極めるためにも、こういったデータがまとまってくれると臨床医はどれを使えば適切な治療ができるかわかりやすくなるし、ガイドラインがあることにより安全に使うことができる。適応する診断基準などが決められないと、あらゆることが明確にならないですが、ガイドラインを策定されれば、僕らは利用できるデータを構築させることができます。「細胞を入れたら元気になるからいいでしょ。」というような現状から脱却できる。

ベストは基礎研究データ、臨床データを共に積み上げること。この2つを一人の臨床医が積み上げていくことは無理だと思います。ゆくゆくは臨床医、研究医共に協力して取り組んでいけるような仲間が沢山できるといいですよね

J:おっしゃる通りだと思います。貴重なお話をありがとうございました。

(インタビュー日:2013年11月16日)

牛草先生病院前写真

関内どうぶつクリニック
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