牛草貴博先生

「僕らのような町医者でもできるな、と。」

 J-ARM(以下J):今回は、全国の病院さまの中でも、先駆けて免疫細胞治療をその治療に取り入れられていた横浜市関内どうぶつクリニックの牛草先生にいろいろとお話を伺いたいと思います。牛草先生は、免疫細胞療法に限らず、アレルギー疾患に対する急速減感作療法を日本国内でもいち早く治療に取り入れられておられます。今日はそのあたりも含めてお話をお聞かせいただければと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

牛草先生(以下牛草):よろしくお願いします。

J:まず免疫細胞治療を知ったきっかけをお教えて頂けますでしょうか?

牛草:親族の病気が発端でした。義理の母が鼻腔内の粘膜型メラノーマになってしまったんです。そこで重量子線治療を行った後、維持治療として免疫細胞治療を行うという話を聞きました。その時に人医療の分野でそういった治療があるんだなということを認識しました。同じくして、動物医療の分野でも免疫細胞治療が一部の大学で行われているらしいということと、そういったものを扱っておられる業者があるらしい、というのもなんとなく聞いていました。

そんなタイミングでその業者であるJ-ARMさんからダイレクトメールが送られてきたのです。こういった先進的な治療は、ぼくらのような町医者、普通のクリニックのレベルでは遠いところにあって、技術面でも、費用の面でものすごくハードルが高いのかなと思っていました。ああ、こういうことをやっている人もいるんだなあという印象だったんですね。でもね、これは男の夢というかなんというか、自分の院内にラボ、つまりクリーンベンチや細胞を培養できる施設があったらかっこいいな!と思うところもあって(笑)。

J: 大きな声では言えないのですが、それが動機のひとつだったという獣医師の先生、何人かおられます(笑)。

牛草:でしょうね(笑)。ただ、当時はクリーンベンチがいくらくらいのもんか検討もつかなかったですから。それで、DMなんかで実際にどれくらいの費用で導入できるかを知ったときに、ん?そうでもないな、と思ったんです。で、これはできるな、と。すぐに培養のトレーニングに行かせください、とJ-ARMに連絡を入れました。そこからですね。

J: そこから細胞治療を導入されていくことになったわけですが、実際に先生の病院で抱えてらっしゃる症例、主にがんの症例だと思いますが、その症例の中で活性化リンパ球などの免疫細胞療法を適用できそうだなという症例や先生ご自身のお考えはあったのでしょうか。

牛草:具体的にこういう症例に使ってみたいと考えがあったわけではありませんでした。ぼくが勤務医の頃、腫瘍症例ばかりを扱っていた時期があったんです。もともと病理出身だったこともあり診断に近いところにいたことから自然と扱う症例が増えてしまった感じです。がん治療の基本は3大治療ですよね。放射線は我々扱えませんので、外科手術、抗がん剤と主に2種類が必然的に武器になります。当時海外から新しい抗がん剤や投与法がたくさん入ってきて、これは画期的だと思い、データを元にありとあらゆる腫瘍に試してみました。リンパ腫に対してはいい感触を得ることができたこともたくさんありました。でも乳腺腫瘍などその他の腫瘍については、反応が弱いまたは全く無い。また、リンパ腫にしてみても患畜の状態によっては、副作用ばかりが強くなってしまう症例が少なからずあります。

その当時僕らが院内で行えるスタンダードな治療は外科と抗がん剤、それしか手段を持ってなかった訳です。手術をするか、抗がん剤を投与するか、治療のオプションをオーナー様に提示する際に、どうしても抗がん剤をやりたくない、こんな老齢の子に手術をしたくないなどといった3大治療に当てはめられない動物が出てしまうんですね。それらに対してはせいぜいキノコなどの免疫を上げるサプリメントぐらいしか無いわけです。気休めとわかっていながら。

また抗がん剤を投与した際に強い副作用が出てしまった場合にも、治療者としてジレンマが生まれます。僕は何をやってるんだろうと。例えば乳がんなどの固形癌に対して、術後の補助的化学療法はごく一部の腫瘍を除き、効果が極めて少ないと考えています。これは動物でも人医でも過去にもいろんな研究がなされ、論文が出ており日本でも数年前にこれを検証するプロジェクトがあったと思いますが。。。。論文云々の前に固形癌に対して抗がん剤が効くという実感を持っておられる臨床医がおられたら是非お話をお伺いしてみたいです。

牛草先生

「じゃあ他に何か選択があるのか」

J: ある高名な先生から1立方センチ以上に成長してしまった腫瘍に対し、明確に効果のある抗がん剤はない、とはっきりおっしゃられたのをお伺いして驚いたことがあります。

牛草:その意見には100%同感します。そんなこともあって、これくらいの金額から始められるのであればとりあえずまず施設を作ってしまおう。万が一、患者様に受け入れられなくて細胞培養をするチャンスがなくても、ここで抗がん剤を調整すればいいやなどと思っていました(笑)。

これが同業者の先生方にもご経験があると思うのですが、抗がん剤を投与して死にそうになった犬猫を見ていると、何もしなかったらもっと良かったかもしれないと思うことも沢山あります。プライマリで見ているとイヌの乳腺腫瘍なんて実際は、手術を行ってその後再発や転移をして亡くなる症例ってそんなに多くないんです。だけど現時点で我々獣医師が行うべき治療のスタンダードは術後の補助的化学療法がオプションに入っています。最善を尽くしたいという局面で、術後に抗がん剤を投与して、抗がん剤の投与が原因で具合悪くなると元も子もないという考えがあったとすれば、じゃあ他に何か選択があるのか、ということになってきます。

様々なものがあると思いますが、代表的なものと言えばキノコとかサプリとか免疫活性を上げる(と言われている)ものがありますよね。でもこういった「免疫療法」は、変な話、ドクターじゃなくて誰でもできるじゃないですか。飼い主さん自身が自分で判断してやろうと思えばできる。それに理論が破綻しているものも多いし、効果のある成分の配合量もピュアではないので、投与量や奏功がどれだけあったとか、エビデンスに繋がるかもしれないデータさえとりようがない。

細胞免疫治療は、突っ込まれればまだまだ未開の部分はあって、効果が不透明なところもあるけど、理屈はわかりますよね。つまり、サイエンスで解明されてきた免疫機構の中で一部分ではあるけれども、少なくとも理論が先にあるものだから治療をする意味があると思うし、実際にその通りと思われる効果も全国の病院で発表され始めている。治療者としては、心おきなくではないかもしれないけど、そういった意味では使っていく上で、患者さまに対して、滞りなくこの治療法の背景の説明ができます。その上安全性も必要以上に確保され慎重に準備されているわけですし。このへんはサプリメントとは次元が異なりますね。このようなコンテンツを治療のひとつとして、実際に自分達の手で動かし実行できるというのは大きいと思います。

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